「『高度プロフェッショナル制度』で柔軟な働き方が可能になる」は本当か?
今月13日に、労働基準法(労基法)改正案に盛り込まれている「高度プロフェッショナル制度」について、連合が政府に修正を求めたとのニュースが出ていました。
「高度プロフェッショナル制度」は、「残業代ゼロ法案」とも「脱時間給制度」や「ホワイトカラー・エグゼンプション」とも呼ばれている制度で、年収1075万円以上の金融ディーラーなどを労基法による労働時間、休日、深夜の割増賃金等の規制の対象から外す(残業代の支払いが不要になる)制度です。
(上記労基法改正案は、2015年に国会に提出され、政府は今秋の臨時国会で審議する予定とのことです。)
この「高度プロフェッショナル制度」については、一部メディアでは、成果を出せば数時間で帰宅することができる等、対象業種の方の働き方を柔軟にするという評価がなされています。
「高度プロフェッショナル制度」の是非や、制度の趣旨である労基法上の成果型労働制の創設に対する是非はおくとして、この制度が上記のような効果を持つという評価は現実的なのでしょうか。
そもそも「高度プロフェッショナル制度」とは
前提として、「高度プロフェッショナル制度」とはどのような制度なのかについてまとめました。
(労基法改正案(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/189.html)や労働政策審議会の建議「今後の労働時間法制等の在り方について」(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000073981.html)等を参考にしています)
「高度プロフェッショナル制度」とは、
「対象業務(A)」を行う「一定の年収(B)以上」の労働者について、「一定の条件(C)」を満たす場合に、残業代の支払義務等(D)がなくなる制度
A) 対象業務
法律案では、「高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められる業務」とされています。
具体的な業務内容は、法律ではなく、厚労省が省令で決めることになっています。
現在のところ、金融商品の開発、金融商品のディーリング、企業・市場等のアナリスト、事業についてのコンサルタント、研究開発などが念頭に置かれているようです。
B) 年収要件
法律案では、(厚労省の統計を基にした)労働者の給与の平均額の三倍を相当程度上回る水準とされています。
具体的な金額は、法律ではなく、厚労省が省令で決めることになっています。
現在のところ「1075万円」以上とすることが想定されているようです。
なお、成果型の賃金制度を導入することは要件とはなっていません。
C) その他の条件(主なもの)
高度プロフェッショナル制度が適用されるためには、下記の条件も必要です。
- 職務の内容が明確に決まっていること
- 労使委員会の5分の4以上の多数決議(労使委員会とは、経営側とその事業所の労働者側の委員で構成される委員会です)
- 行政官庁への届出
- 本人の同意。(同意しなかった場合に、解雇等の不利な扱いをすることは禁止されます。)
- 経営者が、その従業員の「在社時間」と「社外で労働した時間」を把握する措置をとっていること。なお、「在社時間」は、自己申告ではなくタイムカード等での把握が義務となる可能性があります。
- 休日や休憩時間に関する一定の措置を講じること
具体的には、元の労基法改正案では、下記のいずれかの措置を講じることが要求されていました。
a) 勤務間インターバル制度、及び深夜労働の回数の上限
b) 「健康管理時間」(=「在社時間」+「社外で労働した時間」)の上限
c) 年間104日以上、4週で4日以上の休日
ただし、連合の要請により、このうち、年間104日以上の休日の付与については、義務とする方向での修正が予定されているとのことです。 - 有給の付与、健康診断の実施 等
D) 効果
「高度プロフェッショナル制度」が適用される方については、労基法上の「労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定」が適用されなくなります。
具体的には、残業代や深夜勤務手当の支払いが不要になる、残業時間の上限規制(例えば、36協定に基づく1か月の残業時間の上限45時間など)がなくなる(※)といった効果があります。
(※)本日現在の情報に基づきます。
柔軟な働き方が可能になるという評価は現実的か?
話を戻します。
この「高度プロフェッショナル制度」に対する、成果を出せば数時間で帰宅することができる等、対象業種の方の働き方を柔軟にするという評価は、下記の前提があって初めて成り立つと考えられます。
「『高度プロフェッショナル制度』の対象業種の労働者は、業務量が多いわけではない。残業代目当てで非効率的な長時間残業をしていること、または早く仕事が終わっても所定の退勤時刻が決まっているので帰宅できないことの結果として長時間残業が発生しているにすぎない」
確かに、このような状況があるのなら、「高度プロフェッショナル制度」によって柔軟な働き方が可能になるといえるでしょう。
しかし、この前提は事実に反する場合がほとんどだと考えられます。
I. 現状でも、対象業種の方の多くは、残業時間に応じた残業代を得ていない
私の知る限り、対象業種として念頭に置かれている金融商品のディーラー、アナリスト、コンサルタントといった方のほとんどは、(給与に組み込まれた定額の残業代、いわゆる固定残業代を除いて)残業代が支払われておらず、サービス残業をしているはずです。
そのため、残業代目当てで長時間残業をするモチベーションはありません。(※)
(最近の労基署の取締りで改善している会社もあるかもしれませんが、下記のⅡやⅢの状態は従来からあるので、「残業代目当てで残業している」結果、長時間残業の状態が発生するわけではないというのは変わりません)
なお、違法に残業代が支払われていないのは在籍中の話で、退職後に残業の証拠を示して残業代を請求すれば支払われますし、実際に支払われている方も多くいます。「年俸制だから残業代はもらえない」というのは誤りです。
※ 余談ですが、サービス残業の問題を論じる際に、「残業代目当てで無駄に残業する人間もいる」という意見が見られますが、「残業代目当てでサービス残業をする」人間はいません。
II. 対象業種の多くの方は、過労死基準を超える長時間残業をしている
私の知る限り、対象業種の方の多くは、過労死基準を超える長時間残業をしています。
残業時間が月100時間を超えることは普通ですし、150時間程度に達することも珍しくありません。
(上記Ⅰのように残業代目当てで長時間残業をするモチベーションがない状況で、)ほとんどの方が過労死基準の長時間残業をしている理由は、業務量が過労死基準を超える残業をしなければ終わらないほど多いからにつきます。
なお、そういった会社でも、常識的な残業時間で仕事を終わらせる方はいますが、ごく稀です(感覚的には、数十人に1人くらいかと思います。)
例外的にひときわ優秀な方が常識的な残業時間でこなせることは、「他の方も常識的な業務時間でこなせるはず」であることは意味しません。
※ 過労死基準レベルの残業をしているため、心身を病む方も多くいます。
III. 所定の退勤時刻より早く仕事が終わる日はごくわずか
対象業種の方にも所定の退勤時刻より早く仕事が終わる日はあるでしょうが、勤務日全体からすればごくわずかです。(年間を通してみれば、多くて月数日程度かと思います。)
そのため、「高度プロフェッショナル制度」の導入で、業務が多いときに深夜残業をするのと同程度の頻度で、業務が少ないときに退勤時刻より早く帰宅できるかのように述べることは、かなりミスリーディングだと思います。
また、「高度プロフェッショナル制度」がなくとも、フレックスタイム制等を導入すれば、従業員は早く仕事が終わった日には早く帰宅できます。
このように、「高度プロフェッショナル制度」に対する、成果を出せば数時間で帰宅することができる等、対象業種の方の働き方を柔軟にするという評価は、前提が事実に反しており、現実的ではないと考えられます。
そのため、「高度プロフェッショナル制度」は、「到底、常識的な労働時間では終わらない業務量を課した上で、残業代を支払わないこと」を正当化する制度になる可能性が高いと思います。
また、「高度プロフェッショナル制度」を、成果給制度と呼ぶとしても、このような非常に長時間の労働時間を前提とした成果給の制度を意味することになるでしょう。(なお、成果型の賃金制度を導入することは同制度の要件とはなっていません。)
「高度プロフェッショナル制度」の是非を論じるにあたっては、上記のような非現実的な評価を前提にするのではなく、その現実的な効果を考慮した上で論じるべきだと思います。
※ なお、「高度プロフェッショナル制度」の年収要件の下限として想定される年収1075万円という金額は、一見、相当高額に見えます。しかし、上記Ⅱのように、これらの対象業種の方は、過労死基準を超える長時間残業をしています。残業時間を月150時間として、残業代を含めた年収が1075万円であれば、基本給の時給は2400円程度で、残業代を抜いた年収は460万円程度です。
※ 「高度プロフェッショナル制度」を適用するための要件として、休日や休憩時間に関する一定の措置を講じることが求められますが、労働時間(残業時間)の上限を設けることが必須とされていないため、例えば、「高度プロフェッショナル制度」が適用される方に対して土日休みを与えれば、平日は毎日長時間残業させても適法ということになりかねません(残業代を払う必要もありません。)。「高度プロフェッショナル制度」が適用される場合でも、過労死基準を超えるような長時間労働が生じないような制度設計がなされるべきであると思います。
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