日本リーガルネットワーク南谷のblog

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『高プロ』関連の新事実。「高度プロフェッショナル制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)は欧米では一般的」は誤り!?

「高度プロフェッショナル制度」について、独自調査をしましたので、記事にしました。

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現在、労基法改正による導入が検討されている「高度プロフェッショナル制度」(一定の条件を満たす従業員(労働者)について残業代の支払義務や労働時間の上限規制をなくす制度)との関係で、一部から、高度プロフェッショナル制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)は「欧米では一般的」「欧米では導入が進んでいる」との評価が見られます。

 

「高度プロフェッショナル制度」の導入の是非はおくとして(※)、専門的な職務を行うホワイトカラーを残業代や労働時間の上限規制の対象から外す制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)が欧米では一般的というのは本当でしょうか。

関心があったことから、簡単に調査してみました。

※ 検討されている「高度プロフェッショナル制度」は、仕事の成果に応じた報酬を保障するものではない一方、相当に厳しい条件が前提となっています。

※ 以下の内容は、主に、独立行政法人労働政策研究・研修機構「諸外国のホワイトカラー労働者に係る労働時間法制に関する調査研究」、「労働時間規制に係る諸外国の制度についての調査」に基づいています。当職は、外国法の専門家ではないことから、下記の内容の正確性・最新性を保証するものではなく、より信頼性の高い情報をご希望の方は、各国の法令の専門家にご確認ください。

 

まとめ

 

「欧米」に少なくとも含まれるだろう4か国(アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス)における高度プロフェッショナル制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)類似の制度の有無・普及状況について調査しました。

調査結果は、下記のとおりです。

 

☆ アメリカ:○(比較的緩やかな要件で、労働時間等の規制の対象外とする制度あり)

☆ ドイツ:×(高度プロフェッショナル制度類似の制度はなし)

☆ イギリス:△(高度プロフェッショナル制度類似の制度はないが、会社と労働者の個別合意で労働時間等の規制の対象外とすることが可能)

☆ フランス:×(高度プロフェッショナル制度類似の制度はなし)

 

ドイツ・フランスに類似の制度はない以上、「欧米では一般的」とは言い難く、「アメリカでは一般的」(または「英米では一般的」)というのが正しい評価であると思われます。

 

アメリカの場合

 

原則として、週40時間を超えて労働者が働いた場合には、会社はその労働者に対して通常の賃金の1.5倍の残業代を支払う義務が法律で定められています。(州法でより厳しい基準を定めることも可能)

 

他方で、上記の原則に対しては、以下の3つの例外(ホワイトカラー・エグゼンプションが認められています。これらの労働者に対しては、残業代を支払う必要がありません。

  1. 管理職エグゼンプト(採用・解雇の権限がある管理職等)
  2. 運営職エグゼンプト(重役の秘書、人事等の責任者、コンサルタント、証券ブローカー等)
  3. 専門職エグゼンプト(研究・開発、専門職、芸術業務、ライター、システムエンジニア等)

(具体的な要件は後記のとおり)

 

これらの例外については、「働いた全ての週について、実際に働いた時間や日数に関係なく、賃金全額を支払わないといけない」という要件はあるものの、対象範囲は日本の管理監督者裁量労働制の対象より広そう(※)なので、アメリカでは、専門的な職務を行うホワイトカラーを残業代や労働時間の上限規制の対象から外す制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)が普及しているといえそうです。

※ 管理監督者裁量労働制等の労基法上の例外については、残業代Q&A(https://zanreko.com/question)をご覧ください。

 

ただし、ホワイトカラー・エグゼンプションの対象は、アメリカの全雇用者の16%程度と推測されおり(2012年時点)、ホワイトカラーの大多数がホワイトカラー・エグゼンプションの対象となっているわけではありません

 

(各ホワイトカラー・エグゼンプションの要件)

※ 以下の要件は、大まかな説明です。

  1. 管理職エグゼンプト:
    ⑴俸給水準要件:1週当たり455ドル以上の賃金が支払われていること
    ⑵俸給基準要件:働いた全ての週について、実際に働いた時間や日数に関係なく、賃金全額を支払うこと
    ⑶職務要件:①主たる職務が企業・部署等の管理であり、②常態として2人以上を指揮監督し、③他の従業員を採用・解雇する権限を有し、又は他の従業員の採用・解雇・その他の処遇に関するその者の提案に特別な比重が与えられていること等
  2. 運営職エグゼンプト:
    ⑴俸給水準要件(Aと共通)、⑵俸給基準要件(Aと共通)
    ⑶職務要件:主たる職務が、①会社・顧客の管理・事業運営全体に直接関連する業務又は学校等の管理であり、②重要な事項に関する自由裁量及び独立した判断の行使を含み、③管理職の補佐又は一般的な監督・管理にしか服さない特別な業務であること
  3. 専門職エグゼンプト:
    ⑴俸給水準要件(Aと共通)、⑵俸給基準要件(Aと共通)
    ⑶職務要件:主たる職務が、(i) 科学・学識分野で長期の専門的知識教育によってのみ獲得できる高度な知識を必要とする労働、(ii)芸術的・創作的能力を必要とする分野で発明力・想像力・独創性等が要求される労働、(iii)教師、(iv)コンピュータ関連の高度の専門的な知識が必要な分野での技術者としての業務のいずれかであること等

 

なお、年間賃金総額が10万ドル以上の場合はより緩やかにホワイトカラー・エグゼンプションの対象とすることができる(高額賃金エグゼンプト)とされています。

 

※ ⑴俸給水準要件については、オバマ政権下で1週当たり913ドルにする改正が図られましたが、テキサスの連邦地裁の反対にあい頓挫したようです。

 

 

ドイツの場合

 

原則として、労働時間は1日8時間、週48時間以内とされています(※1)。

ただし、労働協約(会社と労組の協定)によって、平均で1日8時間以内であれば、1日10時間まで労働時間を延長でき、日本でいう変形労働時間制や労働時間口座・信頼労働時間(※2)という制度が認められています。なお、その場合、労働協約に基づき、会社が残業代(通常は基本給の1.25倍)を支払うケースが多いようです。

※1 その他、日曜・祝日を休日とすることや、インターバル制度が定められています。

※2 いずれも日本のフレックスタイム制と似た制度。日本における変形労働時間制やフレックスタイム制については、残業代Q&A(https://zanreko.com/question)をご覧ください。

 

上記の1日平均8時間最長10時間の労働時間の上限の例外として認められているのは、「管理的職員」、船員・教会職員等の限られた業種、医療・介護・警察・消防業務において労働者の個別の合意がある場合のみです。

(「管理的職員」とは、従業員の採用・解雇の権限がある者等を指します。)

 

上記の例外は、日本の労基法上の例外と比べて特段に広くはなさそうですし、少なくとも、ドイツでは、専門的な職務を行うホワイトカラーを残業代や労働時間の上限規制の対象から外す制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)が一般的とは言えないでしょう

 

 

イギリスの場合

 

イギリスの労働時間法制は、日本でいう変形労働時間制が原則とされており、残業時間を含めた平均して1週の労働時間が48時間以内までとされています(※)。なお、所定労働時間を超えた残業に対する残業代の有無・割増率は、法令では決まっておらず、会社によって異なります(典型的には1.5倍)。

※ その他、週1日の休日を設けることや、インターバル制度が定められています。

 

他方、上記の原則に対する例外として、幹部管理職、家族労働者、教会職員、家事使用人等が労働時間規制の適用外となっています。(※)

※ その他の例外として、「測定対象外労働時間」という制度があるが、あまり利用されていないようです。

 

また、もう1つの例外として、会社と従業員の個別の同意で、当該従業員を労働時間規制の対象から外す制度(オプトアウト)が広く認められています。なお、従業員は、オプトアウトに合意した場合でも、7日前(合意により30日前まで延長可能)の通知でオプトアウトを終了させることができます

2008年の調査によると、労働者の約3割がオプトアウトに同意しており、11%が実際に週48時間を超えて働いているようです。業種に関しては、多様な産業で活用されており、運輸業や建設業での利用割合が高いようです。

 

ただし、オプトアウトについては、会社がオプトアウトを強要するケースが横行していることが指摘されています

また、EUの組織である欧州委員会は、オプトアウトが契約締結時になされており、自由な同意を保障しないことに懸念を表明していました。

 

上記のオプトアウトは、専門的な職務を行うホワイトカラーのみを対象とするものではなくホワイトカラー・エグゼンプションとは異なるものですが、労働者の同意以外の制限なく労働時間規制の対象外とすることが可能であるという点では、イギリスでは、(個別同意がある)ホワイトカラーを残業代や労働時間の上限規制の対象から外す制度が普及していると言うこともできそうです。

 

 

フランスの場合

 

原則として、労働時間は週35時間以内とされています(※)。

ただし、上記の労働時間を超える場合には、労働監督官の許可の下(例外あり)を得た上で、労働時間の延長が可能ですが、会社は残業代(原則1.25倍以上)を支払う必要があり、かつ1日10時間、週48時間の労働時間の上限があります。

※ その他、週1日休日を設けることや、インターバル制度が定められています。

 

上記の原則に対しては、以下の例外が認められています。

  1. 農業、漁業、船員、公立病院職員、坑内労働、家内労働、家事使用人、取締役・経営幹部職員(経営幹部職員は、重要な責任・自律性・最高水準の報酬が条件)等
  2. フレックスタイム制(弾力的労働時間制)。1日10時間、週48時間、年1600時間の労働時間の上限があります。
  3. 1年単位の変形労働時間制
  4. 幹部職員に対する固定残業代(包括労働時間制)。労働時間の上限の制限があるとともに、あらかじめ定めた時間を超えた場合には残業代の支払いが必要となります。
  5. 幹部職員に対する年間労働日数制:あらかじめ労働日数を概算で定め、実際の労働時間数を問わない制度。ただし、実質的な労働時間短縮が条件となります。

※ 日本におけるフレックスタイム制や固定残業代については、残業代Q&Aをご覧ください(https://zanreko.com/question)。

 

上記の例外は、農業・家事使用人・経営幹部等を除き、1日10時間、週48時間等の労働時間の上限の規制があることか、フランスでは専門的な職務を行うホワイトカラーを残業代や労働時間の上限規制の対象から外す制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)が一般的とは言えないでしょう